札幌の教会「チャーチ・オン・ザ・ロック(チャーチオンザロック,church on the rock,cor)」です。クリスマス(XMAS)や結婚の誓い・英会話・神への信仰・洗礼・礼拝など是非一度いらして下さい。


TOP > よくある質問

一般の方から

Q、ダヴィンチ・コードと聖書は、内容が矛盾しているのではないでしょうか。
A、念のために確認しておきますが、ダヴィンチ・コードは小説です。(妻も読んだのですが、原作は良くできた作品のようです。)レオナルド・ダヴィンチ作「最後の晩餐」の絵に秘められた謎からストーリーは展開するようですが、この絵は、史実を描いたものではありません。美術作品としては優れているのでしょうが、実際には、近代的なテーブルとイスに座っての食事ではありませんでした。当時、イエスキリストと弟子たちは、コの字型を描いて横になった状態でパンとぶどう酒を回しました。
良くできた小説自体は、悪いものではありません。ただ、真実は、フィクションに影響されることはありません。真実を元におもしろおかしく取り入れられ、TV番組や映画、小説、伝説や神話等が作られていくことはよくあることです。

Q、クリスマスは、本当にキリストの誕生日ですか。
A、まず初めに、イエスキリストが産まれたのは、12月25日ではありません。
以前ローマでは、太陽を神として拝む宗教が存在しました。当時のクリスチャンは、この人々に聖書の教えを伝えました。その内容は、太陽は人類に不可欠であるが、太陽を創造した神が存在するということでした。その結果、多くの者たちがクリスチャンとなりました。彼らが太陽を拝む祭りが、12月25日だったことから、聖書に義の太陽と書かれたイエスキリストの降誕を記念する日へと変わっていきました。

Q、では、12月25日にクリスマスを祝うことは、間違いなのですか。
A、教会によって、12月25日をどう捉えるのかは、違いがあります。
ひとつは、世間一般にも良く知られていて、子供と家族に夢を与えるこの日にクリスマスの本当の意味を知ってもらおうとする考えです。実際に、普段は無関心でも、この日くらいは教会に足が向かう人も多いようです。
もうひとつは、この日だけキリスト降誕の意味を意識するのではなく、毎日の生活の中で常に意識することが大切なのだと考える人もいます。
聖書を開くと、どちらも誤りではありません。
ローマ人の手紙14章には、ある日を他の日に比べて大事だと考える人も、同じと考える人も、その動機が主なる神を第一に考えていることが重要であると書かれています。
一番重要なことは、神であるキリストが人類の救いのために、一番小さく弱い赤ちゃんとしてこの地上に来てくださった、それがクリスマスの本当の意味だということです。

クリスチャン用

Q、自分の人生に神様がどんな計画を持っているのか、また自分の判断が本当に主のみこころかを知りたい。
A、一番目に、あなたが選択しようとしていることを聖書が支持しているのか、または、反してはいないのかを確かめること。次に、祈り求めた時に、心に平安又は確信があるかどうか吟味してみる。実行する時には、このようなたとえがあります。氷のはった湖を歩くように、まず片足を乗せてみる。次に体重をかけてみる。もし、氷が割れないようならもう片足を乗せ、同じように試してみる。これは、一歩一歩祈りながら前進することのたとえです。また、人生の方向に重大な影響があるような場合は、前記の2つに加えて、三番目に、神様のしるしを求めます。それは、あなたの置かれた状況の中で、目の前で扉が開くように、道が開かれることや、主からの啓示(幻や声、あるいは本物の預言等)である場合などがあります。神様の計画は十人十色です。ある時は他者から理解されない又は、評価されないこともあるでしょう。そのような時でも決して感情的ならずに、また他者との比較をしてはいけません。人の評価によってあなたに対する神のみこころが変わることはないからです。また、道からそれていたと、わかった場合には、引き返すことが必要です。意固辞になることや、自分を正当化することによって神様の計画が実現するのではありません。主の計画こそが、最善であると心から信頼し、素直に従うことが大切です。

Q、他人が目の前で褒められると、おもしろくない。
自分も奉仕者ですが、誰かが褒められると、つい、その人の悪口を言ってしまいます。どうしたら変われるでしょうか。
A、他人の成功や幸せを喜べないのは、自分が幸福だと感じていない裏返しです。
完全な人はいないので、批判しようと欠点を探せば、必ず、悪口は言えるものです。 ただ、どんなに人の批判をしたとしても、それで自分が幸福になれるわけではありません。誰かと自分を比較するのを止めて、神様の前に自分がどんな存在なのかを知る必要があります。他人との比較は、高ぶりや劣等感を生み出しますが、神と自分の関係に心の目を向けると、平安、感謝、喜びに満たされます。他者が褒められた時や認められた時に、自分のことのように喜ぶことができれば、あなたは輝いた人となることができます。
日常生活で、これらのことをチェックしてみてください。

1、規則正しい生活リズム 2、友人に祈ってもらう 3、自分と神様だけの時間をとる
 
これと関連した問題が、神に仕える人の動機です。
神様の栄光をあらわす動機と、自分が認められたい、自己実現したいという動機とでは、全く異なる結果(異なる実)となります。目に見える大きさ、数字、注目度ではなく、与えられた賜物や務めを存分に生かし、主キリストから「良い忠実なしもべだ。」と言われることこそ、最も素晴らしいことです。

牧師・指導者からの質問

Q、弟子訓練について
現在、日本の教会間で評価が二分しているように感じます。批判的な意見が多くなり、今まで推進してきた者として悩んでいます。また、弟子訓練の指導者に、スキャンダルや金銭問題、倫理的な問題の話が絶えないこともあり、ご教授頂きたく思います。
A、よくご存知かと思われますが、イエス様は、「あらゆる国の人々を弟子としなさい」と命じられました。それは、あくまでも「イエス様の」弟子です。指導者を敬うことや、聖書の範囲内で従うことは大切です。人間の弟子ならば、たとえ、聖書から見た偽善や隠された罪があったとしても人に従うでしょう。イエス様の弟子なら、自分の立場や、利益、心情がどうであろうとも、人に従うより神に従うでしょう。
もし、弟子訓練の指導者が罪を犯したならば、悪いのは弟子とすることではなく、罪を犯した人です。ヘロデ王の誕生祝いで、ヨハネは殺されました。悪いのは、殺害を企て、指示し、実行した人間であり、誕生日が悪いわけではありません。ヨブは潔白で正しい人ですが、「自分の日」に祝宴を開きました。救い主が誕生した時には、天の軍勢が神を賛美しました。なぜなら、それは喜ばしいことだからです。
これは、個人的な意見ですが、弟子は新たな弟子を「育成」するものです。
訓練とは、畑での実体験から受けるものではないでしょうか。(サウル王の軍隊と当時のダビデから考えてみてください)

 

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